皆さん、こんにちは。
今回は、いつもと少し違うテーマの本を紹介したいと思います。
僕たちの住んでいるこの社会には、様々な業種の仕事が存在していますよね。そんな業種の一つに(性風俗)産業というものが存在しています。
(性風俗)産業、もっと広い意味で定義するならばアダルト産業で働いている人たちを見ると、社会では、どこかそういった業種の方達に対して、偏見の眼差しを向けてしまうこともあるような気がします。
そして、そんな業種で働いている女性達の姿を見ると、誰もが当然のように次のように思うのではないでしょうか。
『「性風俗』や「アダルト」のお仕事を、自分から好き好んでやっている人は誰一人いないし、みんなそれぞれ事情があって、仕事として割り切って、仕方なくやっているはずだ』と…。
う〜ん、果たして、本当のところはどうなのでしょうか?
今回紹介する一冊は、そんな『性風俗』『アダルト』業界に自らも長年携わり、今現在(2025年1月29日現在)も現役デリヘル嬢として働く傍ら、ユーチューバーとしても大活躍をされている、ある一人の(ほんとうの気持ち)が綴られたこちらの一冊です。『まりてん著 聖と性 私のほんとうの話』(講談社)
この本の著者は、風俗情報サイト(シティー・ヘブンネット)上で行われた、全国の人気風俗嬢を選ぶ(ミスヘブン全国総選挙2023)においてグランプリを獲り、現在日本で一番稼ぐ大人気風俗嬢と呼ばれているそうです。
そして、現役のデリヘル嬢としての活動の他にも、現役ユーチューバーとして、ご自身のYouTubeチャンネル『ホンクレch-本指になってくれますか?〜』なども運営されたりもしています。
そんな彼女の半生は、宗教2世として育った幼少期、20代で東京・池袋ナンバーワンのデリヘル店を経営するも、精神的ストレスなどから自殺未遂をおこし、病院の精神科に強制入院させられるなど、とても波乱に満ちています。
これまで著者がどのような人生を歩み、そして、どのような思いで風俗業界に、長年現役風俗嬢として携わってきたのでしょうか?
そんな著者の赤裸々な気持ちが綴られたこちらの一冊を、今回は紹介してみたいと思います。
著者紹介

はじめに、この本の著者の紹介をしたいと思います。
この本の著者は、まりてんさんという女性の方が執筆をされています。1990年愛知県生まれ。著者のまだ幼い頃に妹さんが亡くなった影響で、母親が新興宗教に入信。その影響のため、娯楽や交際が制約されていた、いわゆる(宗教2世)の子として育ったそうです。
2009年、美術大学のデザイン学部に入学。一人暮らしと同時に夜遊びを始めることになったそうです。そして、大学4年生の冬にデリバリーヘルス店に入店し、そこで3ヶ月間だけキャストとして勤めていたとのことです。
2013年に美術大学を卒業し、広告制作会社にWEBデザイナーとして就職し、約3年半ほどで退社。会社を辞めた後、これまでの人生を振り返って一番楽しかった事が学生時代に経験したデリヘル店での勤務だったことを思い出し、自ら風俗店を立ち上げることを決意。
2016年、25歳の時に東京の風俗激戦地区でもある池袋にて、風俗店を立ち上げ、池袋西口ホテル街を中心にデリバリー・ヘルス運営。お店のコンセプトは「副業女子」。あらゆる風俗情報サイトにて池袋のデリバリー・ヘルスランキングで1位を獲得し、会員数5000名以上の超人気店に成長させることに成功したそうです。
しかし2019年3月に、経営のストレスから自殺未遂を起こし、休養後に大手事業会社に中途社員として就職し、そこでWEBプランナーを務める事になりました。2020年から本格的に風俗嬢に復帰し、その本業の傍らで、YouTubeチャンネル『ホンクレch-本指になってくれますか?-』を開設し、現在のチャンネル登録者は約23万人を突破しています。(2025年1月23日現在)
著者の主なSNSはこちら↓
YouTubeチャンネル・ホンクレch-本指になってくれますか?-
X(旧Twitter)ホンクレ~本指になってくれますか~公式
公式ファンクラブFantia・脱いじゃうまりてん(まりてん)
本の内容紹介

この本では各章ごとに、次のようなテーマのお話が紹介されています。
Contents01
Ⅰ・反逆者
Ⅱ・答え合わせ
Ⅲ・デリヘル嬢まりな
Ⅳ・東京へ
Contents02
Ⅴ・まりな店長
Ⅵ・転落
Ⅶ・再起
Ⅷ・私って何者?
流石に本の内容全ては紹介できませんので、今回の紹介記事では主に、著者の (宗教2世)として過ごした幼少期のお話を、少しだけ紹介してみたいと思います。
著者のまりてんさんとは、一体どんな女性なの?
この本の著者であるまりてんさんは、なんと20代と言う若さで東京・池袋でナンバーワンのデリヘル店を経営し、その後自らも、風俗情報サイト(シティー・ヘブンネット)上で行われた、全国の人気風俗嬢を選ぶ(ミスヘブン全国総選挙2023)において、見事グランプリを達成。
それ以外にも
- ・ミスヘブン全国総選挙2023・東京人気トーカー部門第1位
- ・ミスヘブン全国総選挙2023・東京総合第1位
などなど、輝かしい実績がある方です。
そして今現在もYouTubeで、『ホンクレch-本指になってくれますか?〜』というご自身のチャンネルを運営する傍らで、現役の風俗・デリヘル (デリバリー・ヘルス)嬢として第一線でご活躍をされています。
そんな著者のまりてんさんとは、一体どんな家庭に生まれ育ち、どんな幼少期を過ごしていたのでしょうか?著者は幼少期を振り返って、次のように語っています。
突然の不幸

まりてん・『私が生まれ育ったのは愛知県の三河あたりです。
父はゼネコンの社員で、母は看護師をしていました。母はのほほんとした性格で面倒見がいいというか、看護師と言う職業柄もあるのかよく人助けをする人でした。
父は仕事の関係の友人も多く、かなり頻繁に旅行に行ったり遊びに行っていました。キャンプだった李、バーベキュー、スキーとか、ディズニーランドにもよく連れて行ってもらいました。
わりと裕福で、どこにでもあるようなごく普通の穏やかな家庭だったと思います。
中略
私が長女で、三つ下に妹がいます。私が小学校三年生のときに、もう一人、末の妹が生まれたのですが、出産後数ヶ月で亡くなってしまいました。理由はよく覚えていませんが、本当に生まれてすぐに亡くなったので、一緒に過ごした思い出はさほどありません。
ただ覚えているのは、私はその当時、絵を描くのが得意で、夏休みの絵のコンテストか何かで賞をもらったのです。その賞の副賞が近所のご飯屋さんの招待券で、それを使って家族全員で食事に行った帰り道に亡くなりました。
家族みんなで車に乗っていて、母が「赤ちゃんが息をしていない」と気づいたのです。そこからすぐに救急車を呼んで、病院に向かったのですが、もうこと切れていました。
そのとき、病院で苦しそうに泣く両親を見て、「時間を巻き戻してほしい。それが難しいのであれば、せめて早く父と母の苦しみが過ぎ去ってほしい」と子供ながらに願った記憶があります』。
う〜ん、なるほど。幸せな家族に突然訪れてしまった悲しい出来事。著者は幼い頃に、こんな経験をされていたんですね。
宗教2世として過ごした幼少期
皆さんは「宗教2世」という言葉をご存知でしょうか?少し前に世間で社会問題としても扱われたので、ご存じの方も多いかと思います。
Wikipediaによると宗教2世(しゅうきょうにせい)とは、「家族(両親など)が何らかの宗教を信仰している家庭で生まれ育ち、本人の意思に関係なく、家族(両親など)の意向で幼い頃から宗教に入信させられている人達のことを指す」とあり、「2世信者」とも呼ばれているそうです。
著者紹介のところでも少し書きましたが、実はこの本の著者であるまりてんさんご自身も、宗教2世(2世信者)として幼少期を過ごした過去があるそうなのです。
そして、著者自身が宗教2世として幼少期を過ごすきっかけとなった出来事が、先ほど紹介した末の妹さんの死だったという事です。著者はその当時を振り返り、次のように語っています。
聖書の呪縛

まりてん・『この出来事から、私たち家族は徐々に変わっていきます。母が、末の妹を失った悲しみで、新興宗教に入信したのです。もともと関心はあったようなのですが、妹の早すぎる死が母の入信を決めました。
その新興宗教はキリスト教系で「新約聖書」をベースにしてはいましたが、独自の教義が多くありました。現世の人間は皆サタンの影響を受けており、信者以外と深い関わりをもってはいけない。
神が創造したもの以外すべての偶像崇拝を禁止する、そして血を避ける、つまり輸血を拒否するといったものです。今の私からは全く外れていますが、性行為はもちろん、自慰も禁じられています。結婚は信者同士で結ばれるものであり、婚前の自由な男女交際も禁止です。
教団の死生観として、「死者の復活」がありました。信仰を持ち、教えに従えば、死後は楽園へ行ける、復活できると言うものです。三女を亡くした母にとって、その教えが心の拠りどころになっていたのはいまとなっては理解ができます。
家族全員がこの世の先の「楽園」で再開できる事を期待して、私や妹が信仰の道を外れぬよう熱心だったことも納得がいきます』。
う〜ん、なるほど。幼くして亡くなられた妹さんの死がきっかけとなって、母親が新興宗教に入信し、著者自身もその流れで『宗教2世』としての信仰の道を歩むことになったんですね。
宗教2世として、どんな幼少期を過ごしていたの?
世の中にはたくさんの宗教があると思います。そして宗教にはそれぞれの各宗教ごとに、さまざまな教えや戒律などのいわゆる禁止事項などもありますよね。
それは著者やその妹さん、母親が入信した宗教にも当然のようにあったそうで、例えば一例としては、誕生日のお祝いの禁止、クリスマス、ハロウィン、新年のお祝い、七夕、節分、ひな祭りなどの行事全般は、聖書の教えに反しており、異教の慣習であることから当然のごとく禁止。
入信した宗教の偶像崇拝禁止という教えの理由から、キャラクターなども当然禁止事項にあたり、紅白対抗戦や騎馬戦などの競技が「戦闘行為」に当たるという理由から、運動会にも参加できなかったとのことです。
著者自身はこの本の中で、入信していた宗教団体名などについては一切触れていませんが、特に著者の入信していた宗教で有名な教義の一つに「輸血の禁止」というものがあります。
著者自身もこの教えが理由で、幼い頃に(輸血ができない)という理由から、必要な手術が受けられなかったことがあると語っています。
でもこれら以上に、もっとも著者自身を苦しめたのはものの一つが、仲の良い友達と距離を取らなくてはいけなかったというものでした。
著者はその時の心境について次のように語っています。
サタン

まりてん・『私にとってもっとも苦痛だったのが、仲が良かった友達と距離を置かなければならないことでした。
もともと私は学校が大好きで、友達と過ごす時間がとても心地よかったのですが、信者以外の世の中の人々は「サタン」の影響を受けているという教義ですから、距離を取らなければなりません。
母は私が学校の友達と仲良くすることに対して、いい顔をしませんでした。それがどうにも受け入れられなくて、私はその新興宗教を素直に信じることはできませんでした。制約の多い日々を過ごしていたので、何となく友達にも私の家が入信していることは知られていきました。
学校でも、末の妹が死んだあとの三者面談で親が先生に説明していましたから、運動会の練習だとか修学旅行の際など、事あるごとに「宗教上の理由から制約がありますのでお願いします」といった手紙のやり取りが親と先生の間であるわけです。
先生はやはり私の扱いをナーバスに意識してました。宗教となるとかなり個人的でセンシティブですから、先生も注意して「この子は別」「この子は別」と接してくるので、自然と友達も気がつきます。
私にとってタイミングが悪かったのは、世間的にはオウム真理教の一連の事件の記憶が生々しく残っている時期だったので、「宗教」イコール「怖い」というイメージがあった事です。
それもあって友達とギクシャクすることはあっても、私にとって大切なのは、教義よりも友達との関係だったので、なるべく友達の輪の中にいられるように、私は染まっていないと伝えるようになっていきました。
教義では禁止されていた誕生日会も友達の家でこっそり開いてもらったりしながら、母親からの見え方と学校の友達との付き合い、それぞれのバランスを取るように生活をしていました』。
う〜ん、なるほど。子供にとって「宗教の教義や母親との関わり方」と、「学校や友達との関わり方」を上手くバランスを取りながら生活していくことは、かなり大変なことだったのではないでしょうか。
著者自身の心に少しづつ芽生え始めた教義への違和感
著者自身の話によると、どうやら家族全員が新興宗教に入信したわけではなく、著者の父親は入信をしなかったそうなのです。
一つ屋根の下で共に生活している家族の中で、新興宗教に入信した母と娘二人、入信しなかった父との間で、「宗教の教義」などをきっかけとした家庭内で少し揉めているような空気感を、著者は幼心に敏感に感じ取っていたようです。
幸いにも、著者や母親が入信した教団では、数年前に社会問題ともなった旧統一教会を巡る高額献金などの問題で家庭崩壊するといったトラブルは起きなかったそうなのですが、それでも著者の中で、徐々に宗教の教え(教義)に対する違和感は徐々に強まっていったようなのです。
著者はその時の心境を次のように語っています。
固まった違和感

まりてん・『私が小学生の頃は、母が私がその宗教を嫌がっているとは感じていなかったようです。集会にはついていくし、そこはまだ子どもなので、親に従うというのは当たり前のことではありましたから。
ただ、中学生になり、学校生活の比重が大きくなっていくにつれて、私はその宗教から離れていきました。何かと理由をつけて集会を休みはじめたのです。
母は、教義を教えられた側の人間は、それを学び続けて守って生きていかなければ、終わりの日(人生の最後)が来たときに楽園に行けなくなる、復活できなくなるという教えを信じていました。
だから、母としては、家族みんなで復活をするために、どうしても嫌がる私を連れて行かなければという意識が強く、引きずられるように集会に連れて行かれていました。
そんな毎日だったので、家の中では私もピリピリしていました。一般の反抗期とはちょっと違う刺々(トゲトゲ)しさがあったと思います。学校から帰ると、バーンッと扉を閉めて、自分の部屋に引きこもるみたいな。
母は私と向き合おうとしていないように感じました。信心のせいなのか、私が反抗して壁に穴を開けてもドアをたたきつけるようにあてつけがましく閉めても無反応です。
宗教の教えで、母は私に対してそんなに勉強しないでいい、がんばらなくていい、という姿勢でしたから、いくら反抗しても「うんうんそれでいいんだよ」と会話が成立しないんです。
ほんとうはもっといろいろと言いたいことや文句があったはずなのに、「いいんだよいいんだよ」と、まるで家の中にマザー・テレサがいるみたいな感覚でした。
ただ、父は普通に怒っていました。仕事の関係でめったに家にいない父ですが、私の反抗的な感情をぶつけて反応してくれる人は父だけでした。
とはいえ、私から母に真正面から「宗教から離れたい」「集会に行きたくない」と伝えることはできませんでした。母が私を信者にしたい理由が愛情からだと気づいていたからです。
学校の友達に心を開いていたかというとそうではなく、周りに合わせよう合わせようとしていましたから、私自身は今思えば孤独でした。家ではもちろん、学校でも自分の心の中のドロっとした本音を吐き出す相手はいなかったような気がします』。
う〜ん、なるほど。成長し少しづつ宗教から距離を取りながらも、この時点ではまだ母親に、「宗教から離れたい」という自分の気持ちを打ち明けられずに、一人で悩みを抱えていたんですね。
宗教の教えに対する違和感が確信に変わったある出来事
成長し、少しづつ宗教から距離をとりながらも、まだはっきりと自らの「宗教から離れたい」という意思を母親に伝えられずにいたまりてんさん。
家族や友人など誰にも心の中の本音を打ち明けられず、一人孤独を感じていた著者ですが、そんな著者が生まれてはじめて宗教の教義に背き、大きく反抗したある出来事があったそうなのです。
この出来事をきっかけとして、著者の中にあった宗教に対する何となく感じていた違和感が、確信に変わっていったということです。
そのきっかけとは?。著者は当時の出来事を次のように振り返っています。
教義への反逆者

まりてん・『そんな私が、宗教に対してはじめて大きく反抗したのは、中学での柔道の授業です。柔道は戦いですからもちろん宗教的には禁止です。
ただ、小学校から中学校に変わって、宗教のことも極力知られたくなかった私は、柔道の授業を休みたくありませんでした。
母は学校に対して「柔道の授業には出させないでください」という手紙を私に持たせましたが、私はその手紙を捨てました。母に柔道着を買ってもらうことはできなかったので、お小遣いを貯めてつくった貯金を握り締め、学内で販売されていた柔道着を密かに購入しました。
そして、私は禁を破って柔道の授業に出たのです。柔道の授業中、一歩踏み出せた嬉しさと興奮でドキドキが止まらなかったことを覚えています。
ところが持ち帰った柔道着をしまう場所がありません。考えた末、自分の部屋にある学習机に一個だけ鍵をかけられる引き出しがあったので、その引き出しに柔道着を入れて保管することにしました。
鍵は常に持ち歩き、引き出しの中が、バレないように気をつけました。聖書や教団の冊子であふれた我が家の中で、その隠された柔道着だけが、私の意思を後押ししてくれているようでした。
私の違和感は固まっていきました。
その宗教が唱える「正しい人間の生き方」、聖書の世界観は綺麗事でしかなく、人間はもっと欲望に忠実で愚かな存在ではないのか、外の世界に住む人たち、「サタン」こそが本来の人間なのではないか、そういう考えが私を支配していきました。
私は「サタン」になりたい、教義への反逆者として世の中を見たいと願うようになっていきました』。
う〜ん、なるほど。この出来事をきっかけとして、著者の中に元々あった、宗教の教えに対して何となく感じていた違和感が、確信へと変わっていったんですね。
…以上で、今回の本の内容紹介は終わりです。
これ以降のお話では、著者の学生時代のお話や、初めてデリヘル店で働き始めた時のお話。店長(経営者)として池袋ナンバーワンのデリヘル店を経営していた時のお話や、仕事上のストレスから精神を病んでしまい、自殺未遂をしてしまった過去についてのお話など、著者の過去のお話が赤裸々に綴られています。
今回の紹介記事を読んでみて、著者や本書に興味を持たれたは、ぜひ1度ご覧になってみてはいかがでしょうか。おすすめの一冊です。
終わりに
いかがだったでしょうか。
この本の著者であるまりてんさんは、現在(2025年1月29日時点)も現役の人気デリヘル嬢として活動を続けながら、ご自身のYouTubeチャンネルでは、面白い企画や真面目な話題など、幅広い情報を広く発信する活動などをされています。
現役のデリヘル嬢の方がこう言った形でYouTubeなどで情報発信などの活動をしていると、なかには、風俗業界で働く女性の地位の向上のためや、風俗業界全体のイメージアップに繋げたいのでは?っと考える人ももしかしたらいるかもしれません。
ですが著者は、決してそう言った考えに基づいてYouTubeなどで情報発信などの活動しているのではなく、著者自身が持つある一つの願いを叶えるために、YouTubeという一つのツールを通して、日々情報発信活動をされているそうなのです。
その一つの願いとは?
最後にそんな著者の言葉を紹介して、終わりにしたいと思います。
お客様の気持ちを変えたい
まりてん・『
よく勘違いされること。
私はYouTubeを通して、風俗嬢の地位を向上させたいわけでも、
風俗業界を健全化したいわけではありません。
「自ら選ぶはずがない」と言われるこのお仕事を、楽しんでやっている人間も中にはいるよって、表明したくやっています。
誰かを救うとか、変えるとか、私にはできない。
だけど、もしひとつだけ願うとしたら、
「きっと嫌々接客しているんだろうな」と思っている
お客様の気持ちを変えたい』。
う〜ん、なるほど。こう言った自分の率直な気持ちを一人でも多くの人に伝え、お客様の気持ちを少しでも変えるために、YouTubeで活動をされているんですね。
自分も本書を読みまして、とっても魅力的で素敵な女性だと思いました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。